【モーニング娘。’21】小田さくらのブログを受けて難解な記事を考察してみた。【モー娘。】

モーニング娘。
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こんにちは、望月晃太郎です。

2021年2月17日に更新された小田さくらちゃんのブログが話題を呼んでいます。

モーニング娘。'20 天気組『私が思うこと。小田さくら』
小田さくらです。ここ数日間で、ハロー!プロジェクトとファンの皆様はとても複雑な気持ちになったことと思います。その期間で、私の頭に浮かんで来た様々な事をここにま…

非常に言葉を選んで書いているので、少し難解になっていますが、直接的に書いてしまうと批判しか招かないと思うので仕方ないと思います。

難解なゆえに理解できない人もいるようです。

そこで今回は、

  • 小田さくらは何を伝えたいのか
  • このブログを受けて私たちは何を考えれば良いのか

を考察していきたいと思います。

これを読めば、少しは小田ちゃんのブログの意味が理解できると思います

最後までよろしくお願いします。

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モーニング娘。の小田さくらは本当の小田さくらではない

まずひとつずつ紐解いていきましょう。

私は普段から発言の一部を切り取られてそこだけが大きくなる事がよくあります。

最近も、そういった発言から私の心情を想像して気を使ってくださる声もありました。

そうしてまたイメージの私が大きくなってしまいます。

発言が切り取られることはよくあることです。

特に雑誌のインタビューでの話を切り取り、あたかもその人の発言がそこを強調するかのごとく恣意的に拡散されることがあります。

今回も、高木紗友希の件で小田ちゃんの心情を想像して心配するファンの人がいました。

たしかに皆さんがイメージしている私こそ、アイドルとしての私だと思います。

ですが、それが本来の私とかけ離れ、私が耐えきれなくなった時を想像すると、すごく不安な気持ちになります。

小田ちゃんのイメージは、アイドルとして厳格で人一倍意識が高いと思われていたと感じます。

ファンが理想の小田さくらを創り上げていると言っても過言ではないでしょう。

この文章から察するに、モーニング娘。の小田さくらは、作られた小田さくらであり、本当の小田さくらはそれを受け入れて生きている。

しかし、その作られた自分と本来の自分とのギャップに耐えられなくなったらとの不安が小田ちゃんにはあるようです。

芸能人は特に、世間から作られたイメージ通りに自分をキャラクター化して生きていかないといけません。

そのキャラクターと本来の自分とのギャップを受け入れられない人は成功しないでしょう。

そこを意識できているのは素晴らしいと思います。

このブログは、皆さんの想像とは少し異なってしまうかも知れない、私の本当の気持ちです。

つまりこのブログは、モーニング娘。の、みんなが知っている小田さくらではなく、本当の小田さくらの言葉ということでしょう。

音楽やパフォーマンスでどんな批判でも打ち消すと思っていた

それを加味してさらに文章を考察していきます。

まず、小田ちゃんはアイドル全盛期と現在のアイドルとの比較をしています。

私は、最近のアイドルの在り方に対して違和感をおぼえる点があります。

(中略)

私の印象では

一世代前のアイドル全盛期

1970年代や80年代のアイドルの方々は

「歌」「飛び抜けたルックス」「スター性」などの武器を持ってアイドルをしていたように思います。

アイドル全盛期とは、山口百恵さんや森昌子さん、その後だと松田聖子さんや中森明菜さんなど、アイドルが市民権を得ていた時代です。

この時期はグループのアイドルはほとんどおらず、一人ひとりが輝いていた時代でした。

ゆえに箱推しなんてものは無く、一人ひとりにファンがいて個の力で活躍していました。

今は「女の子」そのものが武器になっている感覚です。

なので、男性に寄り添うような歌詞もとてもよく見ますし

身近な存在になりつつあります。

歌やダンスは生まれ持ったセンス、勉強や努力が必要なものですが

生まれた時からみんなが持っているもので戦うとなれば、必然的にアイドル人口は増えるし、選び方は好みだったり、先に目に入った順だったりします。

アイドル全盛期の時代は、アイドルになりたい子は多くても、なれるのはほんの一握りの人だけでした。

しかし現在は、場所を選ばなければ、どんな人でもアイドルになることが出来ます。

なり手が増えるということは、歌やダンスが出来なくても、言葉を選ばずに言えば顔が可愛くなくてもアイドルになれるということです。

そしてファンも歌やダンスではなく、顔で選ぶこともなく、第一印象だけでそのアイドルのファンになることだってありますよね、と小田ちゃんは現在と過去のアイドルの成り立ちの違いを書いています。

そんな中でも

音楽を武器にしようとしているハロー!プロジェクトが私は大好きです。

いろんなアイドルの曲を聴き尊敬もしている小田ちゃんですが、その中でもハロプロは別格であると自負しているのでしょう。

他のアイドルより何倍も音楽で勝負している。

そのことに小田ちゃんは誇りに思っていて、だからこそハロプロが大好きなんだと思います。

なので、高木さんのように歌声という最大の武器を持ち合わせていた人ですら、戦えない事があるという現実に

音楽が1番大事ではなかったんだと感じた事が

すごく悲しかったです。

「音楽が一番大事ではなかったんだ」

この言葉が、最も事務所にもファンにも伝えたかった言葉のような気がします。

音楽や歌声が良ければ、たとえ恋愛をしていたとしても打ち消すほどの力があると思っていた。

でも、そうはならなかった。

その現実を小田ちゃんは受け入れられなかったのでしょう。

じゃあ私達がアイドルとして努力してきた歌やダンス、ダイエットなどは無駄なのでしょうか?

「アイドル」は音楽という娯楽の中にちゃんと属せているのでしょうか?

私が思う事は1つで、

アイドルが個性や音楽で評価される世の中になったら良いなぁと思います。

どれだけ頑張って歌やダンス、ダイエットをして魅力的になったとしても、ひとつの恋愛ですべてが泡のごとく消えてしまう。

それはあまりにも無情ではないかと小田ちゃんは嘆いています。

音楽では評価されないと嘆いている小田ちゃんですが、私個人的にはそんな風に思っていません。

高木紗友希や小田さくらの歌声は内外で高く評価されています。

しかし、評価されていたとしてもルールを破ることは決して許されません。

恋愛はプライベートであるが、ある意味プライベートではない

私がプロとして皆さんから頂いているものは

歌、ダンス、笑顔、キラキラ など

あくまでステージ上のものに対して頂いていると思っていましたが

その中にプライベートの事までもが含まれていたのならば

家でだらだらしている事なども改めないといけないなぁと思います。

この部分は小田ちゃんの持つ嫌らしさというか皮肉を言いたがる面が出ていますね笑

芸能人もアイドルもイメージによって作られ活動しているのは先述の通りです。それは小田ちゃん自身も自覚しています。

でも恋愛はプライベートではありますが、ある意味プライベートではないのです。

つまり、恋愛することによってアイドルとしてのイメージを損なう可能性は大いにあります。

イメージを損なうこと、例えば素行や言動などがそうですよね。

様々な芸能人やアイドルが素行不良や不適切な言動などで、謹慎や事務所から解雇されたケースもあります。

例えば、連日連夜ホストクラブに通っているアイドルがいたとしたら、それもプライベートではありますが、許されることは絶対にないでしょう。

もちろん、素行不良と恋愛は違うという意見もあると思います。

しかしながら、恋愛をするということは、身体の関係であったりそういう想像をする人は決して少なくありません。嫌悪感を抱く人も一定数いると思います。

その線引は、個人の価値観によって変わります。

同じプライベートであるにも関わらず、恋愛は許すけどホストクラブで飲み歩くのはダメな理由を誰も言えないと思います。

小田ちゃんがプライベートという言葉でひとくくりにしているのは、少し残念だなと思いました。

Perfumeになりたかった

アイドルがこういう立場になったのは

「アイドル」と「歌手」を区別させるためのものなのかなと思います。

じゃあ、アイドルはなんなんだろうって

確かにアイドルと歌手はイコールではありません。

アイドルと歌手(アーティスト)の区別でわかりやすい例えは、「Perfume」だと思います。

Perfumeは、広島でご当地アイドルとして活動し、上京後にメジャーデビューしました。

最初は様々なアイドルイベントにも出演し、アイドルとして扱われていました。

そしてポリリズムでブレイク後、メンバーの二人が週刊誌に男性といるところを撮られてしまいました。

その時ファンも荒れに荒れ、あ~ちゃんは気落ちして憔悴していました。

しかしながら、報道後発売されたアルバムは大ヒットを記録し、その後はアイドルからアーティストとして認められるようになりました。

Perfumeの掟というパフォーマンスがあります。

そこで現在も「Perfumeはアイドル」だとハッキリ言葉を残しています。

しかし現在では彼女たちに熱愛報道があっても批判的なものはほとんど見かけません。

それは何故か。

彼女たちは自分たちのパフォーマンスに誇りを持ち、それをファンに向けて体現しているからです。

先述した「音楽や歌声が良ければ、たとえ恋愛をしていたとしても打ち消すほどの力がある」がまさにこのことです。

小田ちゃんがPerfumeファンであることは有名です。

つまり、小田ちゃんは私たちもPerfumeみたいになりたいと思っているに違いありません。

しかし、世間や事務所はそうは見てくれなかった。

なぜPerfumeは受け入れられて私たちは受け入れられないのか。

そこに自問自答しているのでしょう。

自分がモーニング娘。でいるために、ステージに立つためにやってきた事が無駄じゃないと思いたいです。

ここにとてつもない悔しさが込められていますね。

Perfumeとハロプロの違いを示すのは結構難しい。

パフォーマンスの完成度が違うとかは勿論ですが、あとは接触商法などもあるでしょうか。

Perfumeもデビュー初期はしていましたが、ある時を境に止めていますね。

そういう判断も今後必要になっていくでしょうが、それをしないと売上は当然下がるので、それに変わるもの、もしくは無くても大丈夫なほど利益を上げるしか方法はないでしょう。

ただ私は、「アイドル」という肩書をお仕事以外のために使っている方はあまり好意的には思わないです。

この一文の意味がよくわからない。いろんな意味に解釈できてしまう。

  • アイドルが「アイドル」という肩書を都合のいいように使うのか
  • ファンが「アイドル」という肩書を都合のいいように使うのか

どちらの意味にも取れてしまうので、あまりこの表現はいただけないかなと思います。

自分自身に正直であれ

私が現役のうちに変わるかはわかりませんが、より「アイドル」が自立できる日が来るのを願っています。

アイドル自身の幸せとファンの方の幸せが比例していったら、そんなに素敵な事は無いと思います!

私はこの発言に恥じぬよう、これからも音楽と向き合っていきたいです。

アイドルの自立を目指すのであれば、もっと意見を出して世間と戦わねばならないと思います。

偏見や差別にも屈せずに、アイドルの価値観を変えていくことに、私は大いに応援したいです。

小田ちゃんは誰よりもアイドルとしての覚悟を持っています。

だからこそ、今回の件で想いが爆発したのでしょう。

私たちファンも、いろんな意見があって、どれも間違ってないと思います。

疑似恋愛をしていた人も、歌や音楽を純粋に楽しんでいた人も、それぞれの応援の仕方があって、どの応援も正しいのです。

だからこそ、どんな決断も受け入れることが大切なのかなと思います。

今回は活動終了という形になってしまいましたが、これが活動継続になった場合でも受け入れて、さらなる活躍を期待する懐の深さも必要なのではないでしょうか。

でも、当然受け入れられない人もいるでしょう。

その時は自分に正直で、決して恨むこと無くそっと身を引くことも大事だと私は思います。

まとめ

アイドルと恋愛に対して明確な答えを出すことは不可能に近いくらい難しい。

その時代によって価値観は大きく変わって、昔は良かったものが今では受け入れられないこともたくさんあります。

その逆も当然あって、今までダメだったものを変えていくことも当然出来るのです。

だからこそ絶対に諦めないでほしいですし、変えなきゃいけない時代になったと思います。

そこに対して批判も多く出るでしょう。でも絶対に屈しないで欲しいです。

これからのハロプロが楽しく、そして小田さくら、高木紗友希が幸せになることを心から願います。

あなたにとってハロプロが、最高のライフワークになりますように。

それでは、また。

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